逃れようがない放送

東京都内のある商住混在地域の話しだ。毎夕5時、夕やけこやけのメロディが大音量で流れる。10年ほど前は朝8時にもエーデルワイスのメロディが流れた。商店街に面したところに住んでいる者は否応なしに聞かされる。

逃れようがないという意味で、それは強制であり暴力的である。ただし、大多数の人はそれを聞き流すだけで不快とは感じない。結果、それを不快と感じる者だけが枠外に外され、変人扱いされる。

商住混在地域の場合、専ら商店街の利益が優先され、住民の生活は後まわしにされることが多い。これをどう考えたらいいのだろう。極論すれば、商業主義が優先されて国家規模に及び、国民が蔑ろにされているのが、コンビニ国の現状ではないだろうか。

もちろん、為政者は彼らのイズムを国民の耳に心地よい美辞麗句で飾り立てる。それに異を唱える者は非国民扱いされる。移民を認めないコンビニ国において、異質な者は枠外に弾き出されるしかないのだ。

日本の多くの地域にある防災無線なるものからも定時メロディや通達が流れる。小中学校の閉門を知らせる短調の旋律に郷愁を感じる人も少なくないだろう。これらの音量と旋律に人びとの拠りどころがあるのだ。

では、それを不快に感じ、そこに拠ることができない者はどうなるのだろうか。どうということはない。ただ国籍を与えられないだけだ。国民のIDは、カード化されたパスである。国籍がなくてもパスを買うことはできる。

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