百代の過客

芭蕉が現代に生きていたら、どんな旅行者になったろう。振り返れば、僕も一人の旅行者であり、通行人だと思う。

水沢の2年(10代後半)、トロントの2年(30代後半)、大阪の2年(40代初め)、記憶にない津山近くの4年。残りの50年余りを東京で過ごしたが、旅行者であることに変わりはない。

奥の細道の冒頭を引用する。

月日は百代の過客(かきゃく)にして行きかう年もまた旅人なり。舟(ふね)の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老いをむかえる者は日々旅にして旅を栖(すみか)とす。

古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風にさそわれて漂泊の思いやまず。海浜にさすらえ、去年(こぞ)の秋、江上(こうじょう)の破屋(はおく)に蜘(くも)の古巣をはらいて、

やや年も暮れ、春立てる霞(かすみ)の空に白河の関こえんと、そぞろ神の物につきて心をくるわせ、道祖神のまねきにあいて取るもの手につかず…..

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