U先生の訃報

U先生の訃報に接し、昔のことを思い出す。70年代初めに朝鮮語を学んだとき(「韓国語」という呼称はなかった)、先生の著『カドリール式朝鮮語1600』をいつもカバンに入れていた、カセットテープも繰り返し聞いた。

初めてお会いしたのは1980-81年だったと思う。日本言語学会の事務局があった(?)東外大AA言語研究所を訪れた。先生の本で学んだことをお伝えすると、最近作られたというKDD 職員研修用の朝鮮語学習教材をくださった。

1998-99年には高校の韓国語教員のための短期研修の主任講師、2008-09年にはクムホアシアナ杯韓国語高校生大会の審査委員長になっていただいた。いずれも僕が立ち上げに関わった事業だ。10年には韓国文化院主催のシンポジウムでご一緒させていただいた。写真はそのときのものだ。先生の笑顔はいつも周りの人に独特の温もりを与えてくださった。

2016-18年、韓国人の友人とともに新大久保からほど遠からぬところにある先生のご自宅にも何度か伺った。折にふれ、韓国語教育関連の事業についてご相談させていただいたことが、つい先日のことのように思い出される。

https://www.reitaku-u.ac.jp/2019/07/09/70006

親しくしていただいた方が亡くなると、決まって方丈記の冒頭の一節を思い出す。高校生のとき暗記したものだ。

ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、よどみに浮かぶうたかた(泡沫)はかつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし、世の中にある人とすみか(住処)とまたかくの如し
[鴨長明(1155-1216)『方丈記』冒頭]

Incessant is the change of water where the stream glides on calmly. The spray appears over a cataract, yet vanishes without a moment’s delay. Such is the fate of men in the world and of the houses in which they live.
[translated by Natsume Soseki(1867-1916) when he was 16 years old.]

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