隣語*を見直す作業を

日本と韓国(朝鮮時代を含め韓国と呼ぶ)それぞれが誇る独自の文字の創造は、北東アジアに圧倒的な影響を及ぼした漢字文化圏の周縁における画期的な事業だったと思う。日本の平安時代(794-1185)における片仮名と平仮名の誕生、韓国の朝鮮時代(1392-1897)初期におけるハングルの創作は、それぞれの地域における民族文化のかけがえのない発露だった。

片仮名は漢字の一部を抽出して作られ、平仮名は漢字の草書体が定着した表音文字である。漢字=真名(まな)に対する仮名(カナ)という呼び名がその由来を物語っている。一方、ハングルは漢字と対峙しながら、その原理とはまったく異なる表音文字である。パスパ文字や梵字の影響があるといわれ、王命を受けた学者グループが儒学をもとに音声と文字の研究を重ねて考案したものだ。

日本では、ひらがな・カタカナが和風文化の中心に位置づけられ、韓国ではハングルが偉大な(ハン)文字(グル)と呼ばれて、民族文化の根幹に関わるものと考えられている。ただ、いずれも長いあいだ公文書等には用いられず、漢字(=正字)の下位に置かれ、独自の文字として正当な評価を得るまでに数百年を要している。漢字の支配力がそれほど強かったということもできよう。

ひらがな・カタカナが多くの文人たちが時間をかけて漢字を簡素化し抽象して作ったものだとすれば、ハングルは複数の学者が原理にもとづいて合理的に作った文字であった。前者はいわば自然生成的であり、後者は原理主義的であるといえる。いずれにもそれぞれの歴史的文化的な背景があり、どちらが優れているということはない。

共通しているのは、いかにして自分たちの言語表現により適合した文字を創造するかという思いだったろう。注目すべきは、二つの地域で生まれた文字の生成過程に際立った差異があることだ。文字の成り立ちの違いを知り、その背景にある歴史と文化を掘り下げて知ることで、より深く相手を理解できると思う。

昨今の日韓政府間および双方の短絡論者とでも呼ぶべき人びとが反発し合うようすを見ていると、みな自分の正当性を訴える感情を吐き出すだけで、自らの文化基層すら自覚していないようだ。双方の政治・経済・文化・教育・メディアなど、あらゆる方面の関係者が自国と隣国の文字を見直し両者の違いを意識できたら、と思うことしきりである。

何を悠長なことを、と呆(あき)れかえり、罵(ののし)る声が聞こえて来そうだ。いや、何の戯言(たわごと)を、と振り向きもせずに黙殺する人が大半だろう。だからこそ、自分が70年かけて学んだことを伝えなければ、と思う。

*江戸時代(1603-1867)の外交官で誠心外交を唱えた雨森芳洲翁(1688-1755)の著『隣語大方(인어대방)』は長いあいだ日韓における互いの言語の教科書として使われた。

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