韓国映画 기생충 Parasite

久しぶりに韓国映画を見た、기생충[寄生虫] Parasite だ(邦題: パラサイト半地下の家族)。 https://youtu.be/PhPROyE0OaM 全編に緊張感があって興味尽きなかった。格差社会に対する痛烈な批判として解釈したが、多くのことを考えさせられる作品だ。 最後に流れた歌が70年代の韓国フォークソングを思い出させた。たとえば 양병집 の 서울하늘 だ。Seoul Sky 1 https://g.co/kgs/bAXYoP

短編小説として編集

30年ほど前から書きためた文章の一部をまとめて小説にしようと思ったが、なかなかまとまらない。そこで、比較的最近書いた短い文章を短編小説として再編集し、タイトルを付けた。読み直すと、これらを書いた動機と理由の一端が理解できるような気がした。 https://oguriq.wordpress.com/

中村哲: 西日本新聞より

西日本新聞の連載記事「中村哲という生き方」(2020年1月1/3/4日)より引用: 誰もが行きたがらぬところへ ニホンオオカミと呼ばれ 「ナカムラ学校」魂、脈々と

幼児期の景色の記憶

特定の景色に格別心を引かれる理由は幼児期の景色の記憶の断片で、それに対する郷愁ではないだろうか。たとえば、先日、奥多摩の金比羅尾根をMTBで走っていて、ひときわ引かれる光景があった。思わず自転車を止め、写真(↓)に収めた。 中学生のころ絵が好きで、好んでこういう山道を水彩画で描いた。そうだ、僕は東京の本郷で生まれ、半年後には父の転勤で岡山県和気郡の山あいにあった鉱山町に連れていかれ、5歳になるまで過ごした。そこを離れるとき、汽車の汽笛が谷合に響きわたった。その鋭い高音をいまも鮮やかに記憶している、あるいはそう思い込んでいる。

うず高く積まれた書籍の山

東京駅丸の内南口にある丸善を入ったところに積まれた文藝春秋発行の『反日種族主義*』。その書籍の山に思わず見入ってしまった。が、手には取ろうとは思わない。*原書タイトル: 반일 종족주의(反日種族主義)

偉人中村哲

中村哲(1946-2019)、こういう人を偉人というのだろう。僕など足元にも及ばない。彼の遺稿ともいうべき考察「大旱魃に襲われるアフガニスタン: 気候変動が地域と生活を破壊している: 気候変動が地域と生活を破壊している」(「世界」2020年2月号掲載)がある。一気に読んだ。 NHK国際放送で放映された映像も心を揺さぶるものだ。

MTBのペダルを変えた

夏前に医者から脊柱管狭窄症で手術以外に方法はないと言われた。右脚の膝下から指先にかけて痺れがあり、右足先を上げることができない。外出するときは杖を使うようになったし、MTB は無理だろうと考えた。5月の転落事故も右の脚力が衰えたせいだと考えている。 その後何度か MTB 山行を試みたが、右足がペダルからすべり落ちる。どうせ65歳に始めた遊びだし、70歳を目前にしてやめてもいいだろう、とも考えた。だが、一度 MTB 山行の楽しさを知った者はなかなかやめられない。バンクーバーで毎年開催される BC Bike race にも参加したい。 先週末、五反田駅近くの自転車専門店を訪ね、ペダルを求めたが、MTB 用のペダルは扱っていない。2軒目の店で紹介されたのがブルーラグ代々木公園店だった。薄暮が迫るなか山手通りを北上した。見るからに職人集団の店で気に入った。求めていたペダルがあった。スタッフの応対もよく、グリップも購入し、二つとも取り付けてもらった。 日曜日、友人と二人で奥多摩に行った。ぺダルの吸いつき感が実にいい。手のひらを置けるグリップ(ergonomic type)もなかなかいい。 奥多摩赤ぼっこにて  

Darrell Royal’s letter

70歳を目前にして通い始めたI塾のS講師から Darrell Royal’s letter について教えていただいた。挑戦した国家試験に合格することができず落ち込みがちな僕を静かに包んでくれる文章だ。 You should all ask yourself what do you feel when you are defeated. Are you… Read more Darrell Royal’s letter

『人生論ノート』を思う

10月初めに開かれた中学校の同期会に参加した友人から Z が病死したと聞いた。晩年は独居し、タクシードライバーをしていた。小学校のとき、よく一緒に遊んだ奴だ。同じ塾にも通った。彼が自転車に乗ったまま川に落ちた光景をありありと記憶している。 何年か前に二人で同級生をみまったが、その友人もとっくに死んでいる。あゝみんな死んでいくんだな、とつくづく思う。名簿では同学年の約8%が故人になっている。僕の中学校3年のときのクラスに至っては約18%だ。 三木清(1897-1945)が『人生論ノート』の冒頭に書いていた。50歳になって周囲の知人友人が物故者になることが増えたと。僕らは70歳にして人生論ノートならぬブログに立ち向かう。 『人生論ノート』青空文庫

隣語*を見直す作業を

日本と韓国(朝鮮時代を含め韓国と呼ぶ)それぞれが誇る独自の文字の創造は、北東アジアに圧倒的な影響を及ぼした漢字文化圏の周縁における画期的な事業だったと思う。日本の平安時代(794-1185)における片仮名と平仮名の誕生、韓国の朝鮮時代(1392-1897)初期におけるハングルの創作は、それぞれの地域における民族文化のかけがえのない発露だった。 片仮名は漢字の一部を抽出して作られ、平仮名は漢字の草書体が定着した表音文字である。漢字=真名(まな)に対する仮名(カナ)という呼び名がその由来を物語っている。一方、ハングルは漢字と対峙しながら、その原理とはまったく異なる表音文字である。パスパ文字や梵字の影響があるといわれ、王命を受けた学者グループが儒学をもとに音声と文字の研究を重ねて考案したものだ。 日本では、ひらがな・カタカナが和風文化の中心に位置づけられ、韓国ではハングルが偉大な(ハン)文字(グル)と呼ばれて、民族文化の根幹に関わるものと考えられている。ただ、いずれも長いあいだ公文書等には用いられず、漢字(=正字)の下位に置かれ、独自の文字として正当な評価を得るまでに数百年を要している。漢字の支配力がそれほど強かったということもできよう。 ひらがな・カタカナが多くの文人たちが時間をかけて漢字を簡素化し抽象して作ったものだとすれば、ハングルは複数の学者が原理にもとづいて合理的に作った文字であった。前者はいわば自然生成的であり、後者は原理主義的であるといえる。いずれにもそれぞれの歴史的文化的な背景があり、どちらが優れているということはない。 共通しているのは、いかにして自分たちの言語表現により適合した文字を創造するかという思いだったろう。注目すべきは、二つの地域で生まれた文字の生成過程に際立った差異があることだ。文字の成り立ちの違いを知り、その背景にある歴史と文化を掘り下げて知ることで、より深く相手を理解できると思う。 昨今の日韓政府間および双方の短絡論者とでも呼ぶべき人びとが反発し合うようすを見ていると、みな自分の正当性を訴える感情を吐き出すだけで、自らの文化基層すら自覚していないようだ。双方の政治・経済・文化・教育・メディアなど、あらゆる方面の関係者が自国と隣国の文字を見直し両者の違いを意識できたら、と思うことしきりである。 何を悠長なことを、と呆(あき)れかえり、罵(ののし)る声が聞こえて来そうだ。いや、何の戯言(たわごと)を、と振り向きもせずに黙殺する人が大半だろう。だからこそ、自分が70年かけて学んだことを伝えなければ、と思う。 *江戸時代(1603-1867)の外交官で誠心外交を唱えた雨森芳洲翁(1688-1755)の著『隣語大方(인어대방)』は長いあいだ日韓における互いの言語の教科書として使われた。